第9 起案の思考プロセス例
以上をふまえて,ごく簡単な事案をもとに,最終準備書面を記載する思考パターンの枠組みを紙上実演してみます。 1 事例
code:事例
XがYに対して建物を賃貸していた。しかし,Yが賃料を支払わない。
そこで,Xは,賃貸借契約を履行遅滞解除の上,Yに対して建物の明渡しを求める。
これに対して,Yは,賃料はY→Xの絵画売買代金で相殺したし,これが認められなくても,信頼関係は破壊されていない,と主張。
これに対して,Xは,絵画なんて買ってないし,もらってもいない。さらに,解除前に相殺の意思表示がない。また,信頼関係が破壊されている,と主張。
2 原告側の場合
(1)基本的な検討
ア 訴訟物と起案の目的
訴訟物は,賃貸借契約終了に基づく目的物返還請求権としての建物明渡請求権。
そこで,起案の目的は,訴訟物が存在することの説得。
イ ブロック(おおざっぱ)
https://gyazo.com/f0a9db163a51578e5fdb63794d414bfd
(ア)大ブロックレベルの争点
E1の相殺とE2,Rの信頼関係不破壊関係。
(イ)小ブロックレベルの争点
E1のうち,売買契約,基づく引渡し,相殺の意思表示。
(ウ)法律上の問題点
①相殺するには基づく引渡しが必要である点
②相殺の意思表示は賃貸借契約の解除前に行わないといけない点
(エ)さらに,規範的要件について,信頼関係は破壊されたのか。
エ 間接事実レベルの争点
(ア)売買契約・相殺に関して,
小ブロックレベルの争点を基礎づける間接事実の存否とその評価。
(イ)信頼関係について,
評価根拠事実,評価障害事実,その評価。
(厳密には,間接事実レベルじゃないけれど,まあ。)
(2)起案構成
以上のような検討を経て,次のような起案構成となる。
code:構成例
第1 総論
賃貸借契約は債務不履行解除で終了しているので,被告には明渡し義務あり。請求は認容されるべき。
請求原因については争いなし。
被告は,抗弁として,相殺と信頼関係不破壊を主張。
しかし,相殺については,売買契約不成立,目的物の引渡し受けてない,相殺の意思表示もなされていない。
信頼関係については,不破壊の評価は成り立たたず,反対に破壊されていると言える。
第2 賃貸借契約成立
1 賃貸借契約締結,基づく引渡し
2 債務不履行解除
(1)賃料不払
(2)解除の意思表示
3 よって,終了している。
第3 相殺の抗弁に理由なし
1 売買契約不存在
2 目的物もらっていない
(1)相殺の存在効果により,必要
(2)目的物もらってない
3 相殺の意思表示がなされていない
(1)相殺の意思表示がいつまでに必要か
(2)解除前の相殺の意思表示は不存在
4 小括
そもそも契約不成立,さらに目的物もらってない。
挙げ句の果てに,相殺の意思表示も存在しない。
よって,全然だめ。
第4 信頼関係は破壊されている
1 被告の主張
信頼関係不破壊だから,という。
しかし,不破壊の評価の根拠となる事実はない。
反対に,破壊されていることを示す事実が存在する。信頼関係不破壊の評価障害事実となる。
よって,被告の主張に理由なし。
2 不破壊の評価根拠事実不存在
(1)被告は,ⅰ・・・,ⅱ・・・を主張。しかし,だめ。
(2)ⅰの不存在。
(3)ⅱは評価根拠事実とは言えない。
3 不破壊の評価障害事実の存在
(1)反対に,ⅲ・・・,ⅳ・・・が存在。
(2)ⅲについて
ア ⅲの存在
イ ⅲが評価障害事実になる理由
(3)ⅳについて
4 小括
信頼関係はむしろ破壊されている
第5 結語
賃貸借契約は債務不履行解除で終了しているので,被告には明渡し義務あり。請求は認容されるべき。
請求原因については争いなし。
被告は,抗弁として,相殺と信頼関係不破壊を主張。
しかし,相殺については,売買契約不成立,目的物の引渡し受けてない,相殺の意思表示もなされていない。
信頼関係については,不破壊の評価は成り立たたず,反対に破壊されていると言える。
3 被告側の場合
(1)基本的な検討
訴訟物~争点
原告側のときと同様。
(2)起案の構成例
被告側でも,基本的には同じ。
大きな構成は,大ブロックレベルの相殺と信頼関係で,その中で,小ブロックレベル,間接事実レベルで,小さな構成を作っていく。
code:構成例
第1 総論
賃貸借契約は終了していない。訴訟物は不存在。だから,請求棄却。
原告は,債務不履行解除を主張する。
しかし,賃料債務については,売買代金債権で相殺しているので,そもそも債務不履行ではない。
また,信頼関係を破壊しないという評価を根拠づける各事実が存在するので,解除は認められない。
したがって,原告の主張は失当。
第2 賃料債務は売買代金債権で相殺した
(ただし,この項目は,事案によっては,主戦場ではなくなる。)
1 相殺した
売買代金債権で相殺した。
原告は,これらの事実を争うが,理由がない。
2 売買契約の成立
3 目的物の引渡し
4 相殺の意思表示
(1)賃貸借契約解除意思表示前の相殺意思表示
(2)解除後の相殺意思表示(ここは無理筋かも。)
ア 仮に(1)が認められなくても,解除後に改めて相殺の意思表示をした。
イ 判例は,解除後の相殺意思表示はだめ,という。しかし……。
ウ 本件事案では,その特殊性に鑑み,有効と解すべき。
5 小括
したがって,相殺したので,債務不履行ではない。
解除の効果は障害される。よって,賃貸借契約は終了していない。
第3 信頼関係は破壊されていない
1 信頼関係は破壊されていない
信頼関係不破壊
信頼関係不破壊のとき,解除できず。
2 信頼関係不破壊の評価根拠事実
3 信頼関係不破壊の評価障害事実は存在せず
(1)認定できず
(2)認定できる事実も障害事実ではない
4 小括
信頼関係不破壊なので,解除できず。
よって,解除の効果は障害されるので,賃貸借契約は終了してない。
第4 結語
賃貸借契約は終了していない。訴訟物は不存在。だから,請求棄却。
原告は,債務不履行解除を主張する。
しかし,賃料債務については,売買代金債権で相殺しているので,そもそも債務不履行ではない。
また,信頼関係を破壊しないという評価を根拠づける各事実が存在するので,解除は認められない。
したがって,原告の主張は失当。